2026年7月15日京都市議会・文教はぐくみ委員会の大要 作成:日本共産党京都市会議員団事務局
桃陽病院の視察から見えたこと、かけがえのない存在
●桃陽病院は、深草大亀谷の丘の閑静な住宅街と森の間にたたずむ素敵な病院です。検討会で院長先生は「保護者が精神疾患であったり、虐待、家族間の不和、DVといった逆境的な養育環境や貧困を抱え、さらに発達障害や心身症などの複合的な要因によって登校できない、社会的に弱い立場の子どもたちを受け入れ」てきたことなどもご紹介されていました。併設する桃陽総合支援学校と一体になって子どもとその家族を支える、なくてはならない場所です。
●去る6月29日、我が党議員団として現地を視察させていただきました。現場で子どもたちと接する医師、看護師、保育士、学校の先生方の姿に、そして何より生き生きとした子どもたちの姿に大変感銘を受けました。老朽化で困っていたエアコンも、局などの努力で改修されており、検討委員が指摘するように、巨額の大規模改修をせずとも工夫した改修で十分活用できる大変良い状況で大切に使われて来た施設です。いま、入院している子どもたちにとって、ここは本当に唯一無二のかけがえない病院と考えますが、本市の認識をお聞かせください。
【答弁➜子育て支援担当部長】 桃陽病院は、開設から40年以上経過している。施設設備の老朽化、患者の減少傾向などさまざまな課題を抱えているので、包括外部監査令和5年度においても、「在り方の検討が必要」との意見が付された。こうした状況を踏まえ、現在、在り方に関する検討会を設け、専門家・有識者の方にご議論をいただいている。 議員にも評価いただいている通り、現場は、日々診療に全力で取り組んでおり、小児結核保養所として開設された当時から、慢性疾患の患者さんの入院治療、指導に大きな役割を果たしてきたと考えている。 しかしながら、申し上げた課題とか、喘息やアトピー性皮膚炎などアレルギー性疾患に対する医療技術の進歩に伴う入院から在宅への転換を受け、この間、患者数の減少が続いてきている。先日、第3回検討会でも示したが、令和7年度の入院患者は1日あたり1桁9.5人となった。さらには、あの建物は、40年経過している。空調については、日々の入院治療に差し支えるということで、緊急の改修を行ったが、内装や給排水、電気設備などあらゆる点で不都合が生じたり、その可能性がある。先日もご覧いただいたかと思うが、直近でも玄関のエントランスの屋根が一部崩壊するなどしており、在り方検討はまったなしではないかと考えている。現に、先日の検討会においても、ある委員からは「この時期まで京都市がこの状態で色々やってこられたのかもしれないが、やはりここまで来てしまっているということを通感している」として、今まさに検討が必要だという認識を表明いただいた。議員からも常々おっしゃっているが、子どもたちの最善の利益、それも、今の患者さんだけではなくって、将来のお子さんたちにも責任を持つという観点からも、在り方検討を放置したり先送りしたりすることはできないと考えている。
複合的セーフティネットを「赤字」扱いするのはおかしい
●改修について、公共建築とか京都市の中の技術者の意見もしっかりやって直営でやったら実はもっと安くできるんじゃないかと率直に思っているところです。 京都市は、この病院に関して「年間約2.5億円の赤字(補填)は現行体制のままでは改善せず、持続困難」だと主張され、病院を廃止して、他施設への「代替施設」への振り分け、児童相談所等への予算再配の根拠にされています。しかし、率直に思うのは、2億5千万円の赤字のどこがダメなのかということなんです。 検討会でも院長先生がお話されていたように「環境の変化が苦手な患者や保護者への対応は難しく、また、当院では入退院を繰り返しながら長期入院となるケースが多い。一般的な病院や精神病院では通常3か月で入院を打ち切られるため・・・行き場を失うような形になることを懸念している」と述べられておりました。 発達障害を中心に見ていた医師の後任が4か月間決まらなかった時期には、医療機関や児童相談所などにお願いをして、場合によっては半年先の予約になるなど、当事者の方はもちろんのこと、関係機関にもかなりの無理をお願いしたということでした。この事実をもってしても、私は「桃陽病院」に2億5千万円使うことは、税金の使い方として市民に胸を張れる中身だと考えます。 桃陽病院は「医療・療育・教育を一体的に提供できる全国的にも極めて貴重な資源」であり、この複合的なセーフティネット機能を「病院単体の経常収支」だけで評価すること自体が根本的に誤りと考えますが、いかがでしょうか。
【答弁➜子育て支援担当部長】 検討会で示している改修費用については、第2回の検討会の資料編の通り、既存建物の躯体は継続使用が可能であると想定するなど前提条件のもと、実際の工事単価の実情とか、あるいは、東京都の単価表などを客観的なものに基づいて試算している。検討段階としては十分な確度があるものと認識している。なお、昨今の中東情勢に基づく物価高等の影響は加味されていないので、さらに上振れすることが予想される。 桃陽病院の赤字については、そもそも人件費を含めた収支差を問題にしているわけではない。一般会計の施策なので、独立採算を前提として検討しているものでもない。一方で、桃陽病院を運営するために年間2億を超える税金を投入していること。一方で、入院患者が減少し、1日あたり1桁になったという現実、これは直視する必要があろうかと考えている。その上で、施策の在り方として、今のままでいいのか検証することは、これは当然の取り組みだと考えており、検討会においても、この「2.5億円の赤字が出るのであれば、今後の桃陽病院がどうなるか分からないが、他の子ども施策、発達障害等を持った子どもたちの支援のために使えるのではないかと思う」といった意見も出ておりました。 なお、先日陳情文書表では、「検討会の席上にあっても経済的観点のみから、施設の存廃を論じるような委員の発言があった場合、市当局が人権の担い手たる地方自治体の職責を全うすべく既然と反論いただきたい」というような、記載もございましたが、先ほど申し上げましたような年間2億円超の税金を投入していること。あるいは入院患者数が減少していることといった課題を覆い隠すようなご指摘は、ちょっと危惧する。こうした点を踏まえると、税投入あるいは入院患者数を踏まえ、今のままで良いのか、より効果的な在り方がないのか、検証することは必要なことと考えている。
患者減の一方で、児童精神科病床の不足とセーフティネット崩壊への懸念
●検討会の中身を何度か拝見しましたが、なかなか豊富な中身なんですけど、患者数の減少に関しても、平均で9.5人という話しだったが、例えば、夏休みに家に帰ったりとか、土日に家に帰ること自身が、治療の中での非常に重要な位置づけになっていたりということで、なんかまるで、一桁しかいないみたいなイメージになると、不正確だと思っていて、実際には十数人いるけれどもの、平均にしたら、9.5であったり、年度末にむけてだんだん、だんだん増えていって、また、卒業を区切りに、年度切り替わりを区切りに減って、また、ちょっとずつ受け入れて増えていく傾向があるので、データ的に9.5と言わざるをえないが、その一人一人の入院する子どもたちにとっては、0.5人という人がいるわけではないので、一人一人に名前があって、一人一人に事情があって、必要があって入院される。そういう評価をしていただきたいと思います。他の委員の方にも理解いただけたらと思う。
●この入院患者の減少に関しても、6・7年前に常勤医体制が1人になった段階で、院長先生が外で回ってアピールされていたが、そういう余裕がなくなってしまったということも言っておられました。また、小児科医の分野でも看護の分野でも、なかなか桃陽病院のこと自身があまり知られていないということが言われていました。私自身も名前は知っていましたけど、一体どんな医療をしているのかっていうのも、よく聞いた上で初めて知る部分もありまして、他の事例を見ましたら、やはり希少な病院であると思いますし、非常に重要な実践もされているということで、やっぱりそのこと自身がまだまだ知られてないと思いますし、もっと知らせていく必要があるんじゃないかなと思います。その点では、やっぱり京都市総体として、もっと知らせるっていうのをやったら、もっと、実は救われる子がいるのではないかということを思うわけですが、この点はどうか。
●しかも、検討委員の方が指摘している通り、京都市内には児童精神科の入院を受け入れている専門病棟(児童・思春期精神科入院医療管理料の算定病棟)が存在しないと。その結果、入院治療が必要な子どもが半年以上も他府県の施設で入院を待たされているという深刻な医療難民化が生じています。さらに「児童相談所の一時保護所は定員超過しており、医療・福祉・教育が連携した受け皿の維持が不可欠」ではないかという指摘もあるわけです。 つまり、桃陽病院の入院機能をなくすことは、単にひとつの公立病院が消えるだけではなく、すでにパンク状態にある児童相談所や福祉施設へさらなる負荷をかけ、子どもの社会的養護のセーフティネット全体を崩壊させる引き金になりかねないと考えますが、いかがでしょうか。
【答弁➜子育て支援担当部長】 2点ご質問いただいた。1つ目ですけれども、病院の知名度をもっと周知したら入院増えるのではないかという点。病院の周知については、これまでも院長がそれぞれの学校に出向いて病院の診療内容について、丁寧に説明するなど、現場サイドで最大限取り組んできたもの。また、令和5年度の包括外部監査の指摘もございましたので、私どもとしても、一緒になって検討してきた。 一方で、第3回の検討会においては、仮に患者数が過去の利用状況まで回復した場合であっても、現行の収支構造の元では大幅な経営改善にはつながらず、病院運営上の課題が解消されるものではないことも同時に示されている。 また、課題だが、患者数だけではなく、老朽化とか、あるいはドクターそのもの、非常に人材確保が困難なところ。そういった複合的な課題を抱えているので、検討会に必要な機能を将来にわたって、どのような形で持続的に確保していくかという観点からご議論いただいている。 それから、児童を対象とした入院入所の施設について。まず、入院について、京都・乙訓医療圏域において、病床確保については、京都府の所管になりますけれどもの、京都府が定める医療計画においては、「病床の過剰地域」と指定されている。このため医療計画上、必要な病床はもう十分確保されているという位置づけで、検討会でも議論のあった児童思春期病床も始め、病床の新設は困難かと考えている。 また、検討会においても、発達障害や不登校への対応を必ずしも病院の入院治療の形で行う必要はないのではないかといった趣旨、あるいは京都府洛南病院で、児童思春期病床の新設計画がある。こうしたものも考慮する必要があるといった趣旨のご意見があった。一方で、児童福祉施設等の入所ニーズについては、これまでから対応してきた。議員ご紹介の一時保護の課題につきましても昨年度、ご議論いただきまして、一時保護専用棟など、計画に基づく取組みを進めている。今後とも、家庭的な養育環境の確保には留意しながら、必要な対応は行ってまいります。
児童精神医療の構造的課題と国・府への働きかけ
●病床の問題で、過剰であるという話があるのですけれど、それは精神科全体であって、今回の検討会の資料でも、「児童思春期精神疾患の診察、診療、入院ができる医療機関が少なく」と記載がある。だから、児童のくくりでみると、やっぱり不足してるっていう風に見なあかんのちゃうかと、私、資料を読み込みまして思いました。
●それから、その点は京都府の所管になりますけど、そういう病床の在り方については、よく相談したらいいんではないかと思いますし、ちょっと、この診療報酬そのものが、ちょっと児童関係では、他で色々努力されているところもあるけれど、やっぱり病床の単価が低いと安いと言われていて、やっぱり、ちょっと京都市の桃陽病院自身が問題なのではなくて、構造的に不利な立場に置かれているんじゃないかなと。必要なんだけれども、医療の点数が低いというところは、それはそれで別の問題として京都市としても言ったらいいんじゃないかなっていうことを率直に思いました。是非、これ取り組んでいただきたい。
卒業生たちの切実な声と今後の検討への要望
●最後に、6月13日に緊急シンポジウム「桃陽病院のこれからを考える」があり、そこに紹介いただいたたくさんの卒業生の声を一部紹介して質疑を終えたいと思います。
・「中学生の頃、桃陽病院に入院していました。当時の私にとって、この病院は単に病気やけがを治すための場所ではなく、安心して学校生活を送るための心のよりどころでした。病院と隣接する学校があることで教育が密接につながり、私のような支援を必要とする子どもたちが、社会から切り離されることなく学ぶことができました」
・別の方は、「小学校3年生で桃陽病院に入院し、私の人生はがらりと変わりました。学びながら治療を受けられるという環境は安心につながり、「病気を理由にあきらめる」という選択が少なくなったのです。少し小走りするだけで発作を起こし、入院していた人間が、バスケや水泳、リレーまでできるようになりました。・・・学力・生活力・協調性・コミュニケーション力を、病気が悪化するかもしれないという不安に駆られることなく身に着けることができる」「私の家庭環境は決して普通とは言えず、桃陽で過ごした日々こそが私の生活の場であり、今の私の活力です。親同然の先生、担当医、看護師、保育士、カウンセラーの人々のいる桃陽は私を私たらしめる最大の要因なのです。心のよりどころなのです。」
・別の方は、「3年間、桃陽病院に入院していました。・・・・周囲から理解されず、不安になり、どうすればよいかわからず、モノや人に当たってしまうことも多く、常に反抗的で、屁理屈ばかり言う子どもでした。・・・友達からも先生からも嫌煙される毎日。・・・病院で出会った友達や優しく接してくれました。彼らも同じような環境や課題を抱えていたため、「自分は一人ではない」と思うことができました。そこで初めて、人の痛みを知るからこそ理解し合えるのだと痛感しました。今までの私は、友達と対等に遊ぶという経験がほとんどなかったのですが、桃陽病院で初めて「対等にかかわる楽しさ」を知りました。敷地内には、学校もありましたが、なかなか通えない時期もありました。そんなとき、保母さんが折り紙を教えてくださり、それが私の楽しみになりました。夢中でおりつづけ、当時は「折れないものはない」と思えるほど熱中できる趣味になりました。その経験が自信になり、学校にも通えるようになりました。病院を卒業した後は地元の中学校にも通えるようになり、人間関係も少しずつ良好になっていきました。最後に、私にとって保母さんの存在はとてつもなく大きいものでした。どんな時でも優しく寄り添ってくださり、その姿に強く憧れました。その影響もあり、私は今、保育士を目指しています。いつか、かつての自分のようにつらさ悩みをかかえるこどもたちを、保母さんのように導ける存在になりたいです」
●まだまだ、紹介したい声がありますが、是非、そういう卒業生たちの声などもしっかりと今後の病院の在り方の検討をしていただきたいと求めて質疑を終わります。
(更新日:2026年07月21日)


