7月3日、京都教育センターが主催するタウンミーティング「子どもたちと平和を学ぼう――平和学習と教育行政の役割・教育と政治の距離感」に参加しました。現地とオンラインを合わせ、111名が結集。いま教育現場で起きている行政介入の本質と、平和教育の重要性を深く考える極めて重要な機会となりました。
戦前の「国策教育」がもたらした不条理と命の犠牲
日本教育法学会会長でもある龍谷大学の丹羽徹教授の講演では、歴史の連続性から教育のあり方が鋭く問われました。
戦前、教育勅語や国定教科書を通じて徹底されたのは「国策としての教育」でした。「一旦緩急あれば義勇公に奉ず」と教え込まれた結果、子どもたちは我慢しなくてよいものを我慢させられ、自分の命さえも無用に犠牲にすることを強いられました。命を顧みない精神主義が、戦争をより悲惨なものへと突き動かした実態が浮き彫りになりました。
戦後教育の原点と、2006年法改定以降の深刻な危機
こうした痛切な反省から、戦後の教育は「政治権力からの解放」と「不当な支配の排除」を掲げ、憲法の精神に則った教育基本法(1947年法)とともに再出発したはずです。
しかし、2006年の教育基本法改定以降、潮目は大きく変わりました。文科省による意図的な法解釈の変更や、学校現場への不当な介入、さらには懲罰的な補助金削減の動きまでが浮上しています。学校レベルで異常な「戦争する国づくり」への地ならしが着実に進んでいる現状を、私は非常に深刻に受け止めています。
憲法を軸に、子どもたちが豊かに学べる教育の場を
会場からは、現場の教員や市民から、政治的中立性へのおびえや、安全管理とかいいながら下見旅費の抑制が押し付けられる実態、私学助成金削減への危機感など、切実な声が次々と上がりました。
教育において「中立」を隠れ蓑に思考を止めてはなりません。日本国憲法のもとで、戦争放棄や民主主義という「憲法の価値」を毅然と伝えることこそが、今求められています。子どもたちの未来を脅かす教育への政治支配を許さず、平和を守るために、これからも全力で行動していきます。
#日本共産党
#とがし豊
(更新日:2026年07月03日)


